横浜野毛の「パパジョン」

パパジョンは角やホワイトが似合うバー橫浜のJR桜木町駅と京急日ノ出町駅に挟まれた野毛という飲み屋街に 「ジャズと演歌・papa John」 と言うお店があります。飲食店のカテゴリーで分けるとバーになるでしょうか。

助手の頃、はじめて師匠に連れて行ってもらったそのバーには「パパジョン」と呼ばれる有名なマスターがいまして、その方の激しく面白い人柄に惹かれ、夜な夜な老若男女ノンベな人たちが吞みにやって来ます。
私も一時期、降りなきゃいけない駅をたびたびスルーして(自宅を通り過ぎて)足を運んでいました。毎回お店を出るころにはパパジョンの魅力とすてきな音楽&大量のアルコールでまもともに歩けなくなってしまうのをちっとも反省せずに(笑)

ですが、ここ数年はオモテで飲むことが少なくなってきたこともあり「パパジョン」に顔を出していませんでした。
正確に表現するなら「顔を」の前に「まったく」と付けるべきかもしれません。

昨日、何故かふと「パパジョン」のことが頭に浮かび目の前に開いている検索エンジンに

「パパジョン 野毛」

の7文字を入れEnterキーを押したところ、ヒットしたサイトタイトルと一緒に

「享年」「追悼」「亡くなって」

という文字がリンク先にアクセスするまでもなく、いやおうなしに目に飛び込んできました。

マ     ジ     で     す     かっ。     嗚     呼 、、、今年     2月     14日

パパジョンと奥さん

モノクロだからわからないけどエプロンの下に見えるベストは真っ赤、実にイカしてました。このころはまだサントリーホワイトがメインだったんだよね。私、自分のボトルにピースマーク書いてら(苦笑) 撮影したカメラはしっかり憶えているぞ、、、買ったばっかのContax T だ。
- 発売年を調べたら1984年なのでこの写真は1984年に撮影したんだなぁ。

写真が好きな人でミノルタを使っていたよなぁ。そのミノルタでパパジョンが撮影した有名人著名人の写真がお店に入って左の壁一面を埋めているんだっけ。

つまみ「うめえねぎ」って言うのはネギと梅干しを叩いて和え、その上に鰹節がかかっているつまみだったよな。刺身こんにゃく辛口は超絶的な辛さでヒーヒー言って食べているお客の顔を見て、してやったりの顔していたっけ。キムチも思わず「参りました」 と言ってしまいそうな辛さだけど行くたびに注文していたわな。

そういやぁある晩、黒人コーラス・グループThe Stylistics の一人がお忍びで飲みに来ていてナマ歌を聴かせてくれたっけ。鳥肌たってケツが浮いた感じ、今でも憶えているわ。

TVが置いてあるところのカウンターかTV台側面には、すでに引退した野球選手が書いた一文があったっけ。確かその一文のなかに誤字か、もしくはおかしな言い回しが入っていて笑いながら教えてくれたっけ。

。。。嗚呼、いろいろ思い出すなぁ、、、(悲)


無休10,000日超、ほんとうにおつかれさまでした。
遅くなってしまいましたが  「心よりご冥福をお祈り申し上げます。」 合掌

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(追悼の意味も含め、今日はフォントをグレーにさせていただきました。)
なお、現在「ジャズと演歌・papa John」 は息子さんが営業されているとのことです。


コメント

  1. 金武 より:

    ええ……絶句 :8O:
    そういえば師匠にはじめて連れて行っていただいた野毛のお店でした。
    巨大なライターとか懐かしいです。

    マスターのご冥福をお祈りします…..

  2. 象支店長 より:

    :reply: 金武さん

    おひさしぶりです :aisatu:

    :quotation: ええ……絶句 :8O:

    あの誰にもマネできない語りが
    もう聞けないのかと思うと寂しいですね。

    :quotation: 巨大なライターとか懐かしいです。

    あははは。
    髪の毛が焦げそうなとてつもなくでかいzippoのカタチしたライター、ありましたありました。
    あのライターに対抗できるような
    でかいタバコを仕込んで持って行ったらきっと喜んだだろうなぁ。。。

  3. おさむ より:

    はじめまして、ひさびさにpapa johnを思い出して検索していたら
    こちらのブログにヒットしました。そして懐かしい写真、自分は1987年からこのお店に通ってました。ビッグライター(笑)ありましたね。zippo風スモールライター(全長3cmぐらい)もあったのご記憶ございませんか?TV台のヨコの落書き…あれは大洋の田代選手が書いた「わたしはカメモ」カモメの誤字(笑)です。今はYokohamaから遠く離れてしまいましたが、Yokohamaに立ち寄る時は必ず息子さんのケンちゃんに会いに行ってます。本当に涙が出るほど懐かしい思い出に再会できてうれしかったです。ありがとうございましたm(_ _)m

    • 象支店長 より:

      おさむさん、はじめまして。

      TV台のヨコの落書き…あれは大洋の田代選手が書いた「わたしはカメモ」カモメの誤字(笑)です。

      そうそう、そうでした!!、、、「わたしはカメモ」(^◇^) ははは

      私も現在は横浜からかなり離れたところに住んでいまして、ひさしぶりにこの投稿を読みなおし、故郷である横浜のことを思い出しました。
      コメントをいただきましてどうもありがとうございました。

      この記事には載せていませんが、今でもこんなテレホンカードを持っています(リンクをクリックすると写真がポップアップします)

      10 周年記念 & 無休 6000 日

      。。。無休、6000 日達成の年、年齢は 60 歳だったのか。

  4. おさむ より:

    こちらこそありがとうございます!
    な、なんと左のjazzyなテレカは自分も持ってるんですよ!驚
    もしかしてというか、多分お店で同じ時間を象支店長さんと楽しんでた気がしますね。
    無休6000日凄すぎますよね、野毛が今のように若者に占拠される前の飲んべぇオヤジのちょっと危ない町だった頃の象徴です。
    「サラリーマンの愚痴を聞き続けて☓十年」初めて来たお客さんへのpapaのリップサービスでしたね。

    • 象支店長 より:

      ナント、おさむさんもテレカお持ちでしたか^^
      もしかしたら当時同席していたかもしれませんねぇ。

      食べログの口コミを見たところ、無休 9000 日は達成されていたようでした、すごいなぁ。

      野毛には (パパジョンのすぐそばなのですが) 高校時代の友人がやっている居酒屋もあるので横浜方面に行くことがあったら立ち寄りたいなと思っているのですが、なかなかそういう機会もなく現在に至ってしまいました。

      空き家になっている実家は現在も横浜にあるのでそれ関係で横浜に行くときにはぜひ野毛に立ち寄ってみたいと思っています。

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