Jun 26

降りなきゃいけない駅をスルーしてこのバーにもよく行きました。
橫浜山下町、加賀町警察前にあったERIK’S LAST STAND (エリックス・ラスト・スタンド)

ERIK さん

当時、お店の扉は真っ青に透き通ったアクリルで作られていて中が見えているんだけど安全か危険か判断できるほどは見えないという [ もどかしさタップリの扉 ] で、仮に勇気を振り絞って扉を開けることが出来たとしても、次に目に飛び込んでくるのがこの方なので

「開けたあとにはもっと勇気がいる」

というある意味初回は肝だめしのようなバーでした。

ご本人いわく、船乗りとしてデンマークからやってきて日本女性の「きもの」に魅せられそのままニッポンに住んでしまったとか。

そういう背景があるからなのか店内の壁面にはそこかしこに船具が飾られていていました。
そんな飾り船具のハイライトはカウンター中央でピカピカに磨かれ立っている

真鍮で作られた船のスロットル

しっかり手入れされているようでレバーがちゃんと動くようになっています。
酔っぱらいの常としてそういったモノが目の前にあるとどうしてもそのレバーを回してみたくなるのですが、、、目一杯回したが最後、「カ~ン」と言う音が店内に響き渡り、すべてのお客の飲み代は鳴らしたヤツが払うという「財布全開」のスロットルだったんですわ :beer: ゴチ~ッ

好きなビートルズを聴きながら冷凍庫でギンギンに冷やしたアクアビット(船乗りの酒と言われています)をストレートでイッキに飲み干し、キリンビールの「キリン」を「Killing」と呼び、美味しいホットドッグを作ってくれたERIK さんもずいぶん前に他界されてしまいました。

ERIK さん & 奥さん

最初の写真を見るとわかりますが、写真に撮られるのが好きじゃないようでカメラを向けるとハレーションを起こすようにレンズに向かって懐中電灯を点けるんです(笑)
。。でも、雑誌ブルータスにモデルとして載ったことがあったのでそうでもなかったのかな。

June 26, 2008 12:56PM

Jun 25
パパジョンは角やホワイトが似合うバー

橫浜のJR桜木町駅と京急日ノ出町駅に挟まれた野毛という飲み屋街に 「ジャズと演歌・papa John」 と言うお店があります。飲食店のカテゴリーで分けるとバーになるでしょうか。

助手の頃、はじめて師匠に連れて行ってもらったそのバーには「パパジョン」と呼ばれる有名なマスターがいまして、その方の激しく面白い人柄に惹かれ、夜な夜な老若男女ノンベな人たちが吞みにやって来ます。
私も一時期、降りなきゃいけない駅をたびたびスルーして(自宅を通り過ぎて)足を運んでいました。毎回お店を出るころにはパパジョンの魅力とすてきな音楽で足が運べなくなってしまうのをちっとも反省せずに(笑)

ですが、ここ数年はオモテで飲むことが少なくなってきたこともあり「パパジョン」に顔を出していませんでした。
正確に表現するなら「顔を」の前に「まったく」と付けるべきかもしれません。

昨日、何故かふと「パパジョン」のことが頭に浮かび目の前に開いている検索エンジンに

「パパジョン 野毛」

の7文字を入れEnterキーを押したところ、ヒットしたサイトタイトルと一緒に

「享年」                    「追悼」                    「亡くなって」

という文字がリンク先にアクセスするまでもなく、いやおうなしに目に飛び込んできました。

マ     ジ     で     す     かっ。     嗚     呼 、、、今年     2月     14日

パパジョンと奥さん

モノクロだからわからないけどエプロンの下に見えるベストは真っ赤、実にイカしてました。このころはまだサントリーホワイトがメインだったんだよね。私、自分のボトルにピースマーク書いてら(苦笑) 撮影したカメラはしっかり憶えているぞ、、、買ったばっかのContax T だ。
- 発売年を調べたら1984年なのでこの写真は1984年に撮影したんだなぁ。

写真が好きな人でミノルタを使っていたよなぁ。そのミノルタでパパジョンが撮影した有名人著名人の写真がお店に入って左の壁一面を埋めているんだっけ。

つまみ

「うめえねぎ」って言うのはネギと梅干しを叩いて和え、その上に鰹節がかかっているつまみだったよな。刺身こんにゃく辛口は超絶的な辛さでヒーヒー言って食べているお客の顔を見て、してやったりの顔していたっけ。キムチも思わず「参りました」 と言ってしまいそうな辛さだけど行くたびに注文していたわな。

そういやぁある晩、黒人コーラス・グループThe Stylistics の一人がお忍びで飲みに来ていてナマ歌を聴かせてくれたっけ。鳥肌たってケツが浮いた感じ、今でも憶えているわ。

TVが置いてあるところのカウンターかTV台側面には、すでに引退した野球選手が書いた一文があったっけ。確かその一文のなかに誤字か、もしくはおかしな言い回しが入っていて笑いながら教えてくれたっけ。

。。。嗚呼、いろいろ思い出すなぁ、、、(悲)


無休10,000日超、ほんとうにおつかれさまでした。
遅くなってしまいましたが  「心よりご冥福をお祈り申し上げます。」 合掌


(追悼の意味も含め、今日はフォントをグレーにさせていただきました。)
なお、現在「ジャズと演歌・papa John」 は息子さんが営業されているとのことです。

June 25, 2008 02:28PM
Mar 12

むかしモノクロフィルムで撮影した写真をちょっとずつ整理しているのですが
こんな写真が出てきました。

橫浜スタジアムの電話ボックス

日付を見ると1984年。
他に何もメモらしきものがないのですが、中華街・元町周辺で飲んだ後
橫浜スタジアムの電話ボックス前であれやこれや撮影した記憶があります(笑)なんとなく :poripori:

そういえば携帯電話が普及したせいか電話ボックスって見かけなくなりましたね。

私が覚えている最初の電話ボックスは角がない鋼板で作られていたやつです。
どこかに画像がないかなと検索しましたらNTT東日本のサイトに「公衆電話ボックスのうつりかわり」というPDFファイルがありました。

昔の電話ボックス
via:NTT東日本 公衆電話ボックスのうつりかわり

そうそうコレコレ。なつかし~なぁ。
中で座ってしまうと外からは誰もいないように見えるので、下校のときとか隠れた記憶があります。
と言っても、上の写真にも写っていますが扉を開ける時につかむところが丸い穴なのでそこから見えちゃってバレバレ ::-D:

私が橫浜スタジアムで撮影したときの電話ボックスはこのタイプですね。

1984年はこのタイプなのか
via:NTT東日本 公衆電話ボックスのうつりかわり

これから出掛けるので電話ボックスが何個見つけられるか数えてみよっと。

p.s.昨日はじめてエド・はるみを見ました。。。
「レッツらゴー :!!: 」と言う掛け声と後ろに流れるザ・ナックのマイシャローナが耳から離れない(笑)

:onpu: 電話ボックス、ウォッチング~ :thumb-up:

March 12, 2008 12:46PM
Dec 18

スキャナーを利用して、むかぁ~しモノクロネガフィルムで撮影した写真をモニター上でプレビューするといとも簡単にネガをポジの状態で見ることができてしまうので結構楽しいです。

あれやこれや、ネガを抜き出してはプレビューボタンをポン :!!:
引っ越しの荷造り作業中に懐かしいものを発見してしまったときのような気分になります。
がしかし、同時にドン暗な青春時代の記憶も簡単にフィルムの中からよみがえって来るので、つらい一面も持ち合わせていますが(苦笑)

その昔は酢酸臭い暗室で行うしかなかった作業が今や真っ昼間、明るい部屋の中で手を汚すこともなく、極端なハナシ、スーツにネクタイ姿でもOKっちゅーのが月日の流れを感じさせてくれます。

071218_1.jpg

ちなみに、ドン暗な青春時代に明るい暗室で作業できていたとしたらもう少し青春時代が明るくなったのかというとそうでもないのが青春の難しさでありますね。ナンノコッチャ。

さて、久しぶりに目を通した昔のモノクロフィルム。

意外と撮影したときの状況というのを覚えていまして、「どういう過程で撮影することになったのか」だとか、「そういえばこの時、大変な目にあったな」とか、「確か大笑いしながらあーでもない、こーでもないって撮っていたよな」とか、ロクでもないこともロクでもあることも関係なしに思い出させてくれるのがなかなかよろしい。
中にはそのときどのくらいお酒を飲んだか思い出せる写真まである始末 :poripori:
写真は記録じゃなくて記憶なのか :?:
そうじゃなくて、記憶という栞(しおり)を記録に挟んでもらっているのか :!!:
こんな私らしくない文章まで書かせてしまう写真 :camera:
つまらんものでも写真に撮っておくといろいろな栞が見つかってなかなかおもしろいということが今回わかりました。

脳内メモリに栞を挟んでおければそれにこしたことはないのですが、どうも近ごろ挟まらなくって
、、、それって、、、 :ga-n:

元町メインストリート改修中

橫浜元町メインストリート改修中(1985年3月24日) 中央の道路を全面的に改修していたため、工事期間中歩けるところが歩道のみとなってしまい非常に混み合っていた記憶があります。まだハマトラ(死語かな)のブームが続いているころでしょうか。フクゾー、ミハマ、キタムラ、、、好きだったんですわハマトラ :hoxtu:

ハマトラとは、横浜のトラディショナル・ファッション。1970年代後半、女性誌が火付け役となり、すぐ全国へ広がっていった。
ハマトラは、横浜の名門女子大をイメージしたファッションスタイル。そのルーツは、1975年頃に生まれたニュートラファッションにある。これはニュートラディショナルの意味で、清潔感のあるコーディネートでブランド品を楽しむ神戸の女子大生やOLをイメージしたもの。カジュアルファッションの新しい形として定着した。その4,5年後、同じ港町・横浜で生まれたハマトラは、ポロシャツやベスト、カーディガンを、巻きスカートやぺったんこ靴と合わせるのが基本。これらのアイテムとバッグは、どれも全て横浜の老舗のオリジナル商品で揃えるのが正統派で、三種の神器といわれた。以後、流行に左右されないスタイルとして定着している。via:All About ファッション用語集

追伸:
フィルムの場合はフィルム自体を無くしたり盗まれたりしなければ大切な栞はそのまま保存されますが、ほぼ完全にデジタル写真に移行してしまった現在、デジタル写真データを1台のPCのみに保存しているのは溶鉱炉の上に栞の束を糸一本でぶら下げているようなものです。
必ず別のハードディスクにバックアップを取っておきましょう。

December 18, 2007 04:36PM
Dec 17

クルマで東京方面から橫浜方面へ首都高速横羽線を使い南下してくるとみなとみらい出口のひとつ手前に地味~ぃな東神奈川という出口があります。おそらく首都高速横羽線を使って橫浜方面に遊びに来た方でその東神奈川という出口で降りる方は10人中0人でしょう(笑)

そんな不人気出口そばにも米軍の施設がありまして、そこはYokohama North Pier (North Dock)と呼ばれています(日本の地域名では瑞穂埠頭。戦後、駐留軍の接収されその後現在まで米軍への提供施設となっている)

先日写真を載せた今は無き本牧のベースや現役の横須賀基地などはNavyですが、North PierはArmyの施設となります。終戦後、何台もの戦車がNorth Dockを利用して運び込まれていたそうです(目撃者談)

首都高東神奈川出口を降りて突き当たりにある信号を左折ししばらく走るとNorth Pierに入るための橋が架かっていまして、その橋の手前側が日本と米国の国境となっています。
その国境脇にあるのが有名なバー「 Star Dust (スターダスト) 」です。
(Topページは音が出ますので注意)

橫浜ノースピア「Star Dust」

開店が1954年ということなので歴史的にもかなりのもので、映画やドラマの撮影に使われることでもわかるように外観も店内もなかなか風情があります。
バーですので、当然お酒を飲ませてくれるのですが困ったことに近くに駅なんぞはありません。
バス停はあるにはありますが、朝に2往復と夕方にノースピアから片方向運行の1便だけなので無意味(苦笑)
一番近い駅は京浜急行の仲木戸、もしくはJR京浜東北線もしくは橫浜線の東神奈川となります。

往きは勢いで行けても、大酒を飲む私の場合、帰りがちょっとなんなんですね :ase:
キャッシュオンデリバリーのお店なので頼んだ分だけその場でお支払い。。。所持金が無くなったら帰ればいいので安心して飲めます :poripori:
酔っぱらってお店を出たあと右に行って国境を越えないように(笑)

- 余談 -
その昔、船に輸出する車を積むバイトをしていたときノースピアに出入りしましたが、そのときは検問で停まらず敬礼して通過していたような記憶があります ::-D:
あと、ノースピアは山下公園の対岸に位置するため、横浜港の花火大会を見る穴場スポットでもあります。

December 17, 2007 12:54PM
 
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